サカナ記念日

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100kgのマグロを頭上運搬! 熊野の女性の恐るべきパワーとは

今回は熊野の滅びゆく習俗を紹介いたします。それは「イタダキ」です。熊野では頭上運搬のことを「イタダキ」と呼んでいます。頭上運搬は熊野だけではなく、京都や瀬戸内海、九州など全国的に存在していた習俗です。京都の大原女などが有名ですね。頭上運搬をしている様子の埴輪が古墳から発掘されており、古代から存在した習俗だったと思われます。昭和時代には姿を消したといわれています。世界に目を向けると、アフリカや東南アジア、インドなどでは現在でも頭上運搬を行っている地域があるようです。

 

日本においては、ほぼ滅んでしまった頭上運搬、実は、熊野では細々とではありますが、現在でも残っているのです。熊野でイタダキを行っていた地域は主に海辺の集落です。具体的には木本、大泊、磯崎、遊木などです。これらの集落は狭い斜面が多かったり、砂浜だったりと頭上運搬が適する地形だったのでしょう。これらの地域の方々に聞き取り調査をしたところ、現在は磯崎でのみ細々と残っていることが分かりました。今でも狭い斜面をイタダキで物を運ぶ人がいるとのことです。

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遊木の町の様子です。このような狭い斜面が沢山あります。

イタダキは主に女性が行うものでした。かつての海辺の町では、男性は漁、女性は運搬という役割分担ができていたことが理由のようです。では、かつての熊野の女性はどのような物をイタダキで運んでいたのでしょうか。魚、醤油樽、材木、野菜などあらゆる物を運んでいたそうです。驚くべきことに、90kg程の醤油樽を一人でイタダキすることができて始めて、一人前と認められていたそうです。マグロやサメなどの大型の魚を丸ごと頭に乗せて行商することもあったようです。凄すぎる。。。男性の私でも到底無理です。首の骨がへし折れそうです。昔の人は現代人と比べて体格は小さかったにも関わらず、体力は現代人を大きく上回っていたのでしょう。

 

熊野で現在も細々と続いているイタダキですが、間もなく滅び去ってゆくことでしょう。頭上運搬は間違いなく重労働なのであり、車などの機械で運搬することで、負担が軽減されること自体は素晴らしいことでしょう。ただ、ある習俗が滅ぶということは、一つの文化が消え去ってゆくことをも意味するのだとしたら少し寂しい気もします。大漁を祈りながら、浜で男衆の到着を待つ女性たちの後姿、大漁の時に浜に湧き上がる歓声、行商の時にお客さんと交わされる子気味のよい会話など、在りし日の面影がまぶたの裏に浮かびます。

 

参考文献:

『熊野市史』熊野市役所発行

『熊野の民俗と祭り』2002年 みえ熊野学研究会発行

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