サカナ記念日

神秘熊野から魚便りをお届けします。

魚供養塔と熊野の精神史

熊野には魚供養塔が複数存在します。魚供養塔とは、主に漁業者が漁獲された魚に対して、鎮魂と感謝の念を込めて行う、供養のための塔です。魚供養塔は全国各地にありますが、熊野の魚供養は古来から続く熊野の精神文化や信仰と深いかかわりがあるのではないかと考えられます。古来から続く熊野の精神文化とは、常世信仰です。常世信仰とは、海の彼方に理想郷があるという信仰です。ここから敷衍して、海の彼方から善きものがやって来ると信じられています。魚も海の彼方からやって来るのであり、常世からの素晴らしき贈り物と考えられてきたのかもしれません。

 

では、熊野に残る魚供養塔を二つ紹介します。一つ目は熊野市木本町にある鯨供養塔です。明治13年1880年)、近くの浜の波打ち際に、鯱に追われた巨大な1頭の鯨が跳ね上がっていました。町内の漁師がこの鯨を捕獲し、町を潤しました。この鯨を売った収益の一部で地元の小学校を新築しました。鯨に対する感謝の念を捧げるため、この鯨供養塔が建立されました。

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木本町鬼ヶ城の鯨供養塔です。

二つ目は熊野市甫母町の鮪供養塔です。安政元年(1854年)、大津波甫母を襲い、町は壊滅的な被害を受けました。苦境に陥っていたところ、安政3年(1856年)に鮪の大群が湾内に押し寄せて、町を救ってくれました。そのことに対する鮪への感謝の念から、この供養塔が建立されました。

 

いかがでしたでしょうか。熊野には、豊饒をもたらしてくれた魚に対する鎮魂と感謝の念を捧げた魚供養塔が沢山あります。海の彼方に理想郷があり、そこから善きものがやってくるという常世信仰と魚供養の間には深い関係があるのではないかとの話でした。いにしえから熊野の人々は海の彼方に憧れ、そこからやってくる魚たちに感謝の念をもって接してきたのでしょう。地平線の先まで続く大海原を眺めながら、海の彼方の世界に思いを馳せます。

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世界遺産七里御浜から眺めた熊野の海です。

 

 

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